この話は、事実を元に書かれている。
ただ、登場する男のプラバシーに配慮し、一部、
話に嘘を混ぜ込んである。
つまりこの話はフィクションである。
しかし、
 
偶然にも、この話を書いている私、真鍋は、
この男と同じく、炊飯器を手放したことがある。
 
もし、読者の中で炊飯器を2年くらい手放したら
 
どうなるのか?生活は便利になる?不便になる?
 
のリアルが氣になる場合は、
遠慮なく聞いてほしい。
 
この男の代わりに私が答えよう。
 
 

炊飯器を捨てた男の末路

炊飯器を捨てた男の末路

 
男の名前をB男と呼ぶ。
 
彼は、
 
「炊飯器ってぶっちゃけ
 引っ越しする時の荷物になるよね」
 
と言ったり、
 
「別に炊飯器なくても生活できるよね」
 
と言ったりして日々を過ごしていた。
 
 
言ったり、言ったり、していたら
そばにいたA子
 
「そうよね、」
 
と軽く相槌をうっていた。
 
 
A子は、B男がなぜ
これほどまで炊飯器を捨てたがるのか
理解に苦しんでいた。
 
なぜなら、
 
B男の家に遊びに行くときも
A子の家にB男が遊びに来るときも
 
炊飯器でご飯を炊いていたから
 
どう考えても、
 
必要不可欠な生活必需品である
 
道歩く人に、炊飯器が家にあるかないか
 
聞いて回っても九割五分の人は
 
持っていると答えるであろう。
 
 
私たちが酸素を吸うノリで
 
炊飯器は存在している。
 
それをあの男は捨てようとしている。
 
 
宇宙服を着ず、お月様の上で
 
生活するようなものだ。
 
とA子はB男に言ってみた。
 
 
「酸素と炊飯器は別次元の話だ、」
 
と軽く流された。
 
 
その日の晩御飯は、

流しそうめんで、
 
家の中で流しそうめんをする理由は
 
彼らに聞いてほしい。
 
 
もしかしたら、
 
この流しそうめんが
 
彼と食べる最後の流しそうめんかもしれない、
 
そうめんのすする音が虚しく響き渡っていた。
 
 
そして、翌朝。
 
予約していた炊飯器のベルが鳴る。
 
リロリロりん♪
 
この炊飯器は、

今、置かれている状況など知らないのだろう。
 
君はB男に捨てられようとしている。
 
呑氣に
 
リロリロりん♪
 
と歌っている場合ではないのに。
 
これが炊飯器で炊かれた最後の米。 
 
ラスト・スイハンマイ。
 
 
お弁当箱に敷き詰められた
 
スイハンマイは、どこか寂しそうな、
 
ただ、つやつやとして
 
相変わらず美味しそうだった。
 
 
 
A子が作ってくれた
お弁当をB男はお昼に食べた。
 
隣にいた同僚のCは、
 
「うまそうなご飯ですね、」
 
とB男に言った。
 
 
B男はCが
 
「炊飯器がほしい」
 
と遠回りに表現していると勘違いし、
 
 
翌朝、自宅から炊飯器を持ち出し
 
Cに与えた。
 
「待たせたな、C。
 これで美味しい米を炊いてくれ」
 
Cは、
 
「いやぁ、ちょうど昨日炊飯器が
 壊れたところなので
 ちょうどよかったです。」
 
 
B男は、炊飯器をちょうどいい理由で
 
手放した。
 
 
よし、このちょうどいい
理由ならA子も納得するだろう
 
 
しかし、
  
A子がB男の家に遊びに来ることは
 
二度となかった。
 
 

 

 

 

 
ちょうどいい。
 
炊飯器が家からなくなった今、
 
僕は自由だ!
 
 
みろ、宇宙服がなくても
 
僕は生きている!
 
 

 
 

 
 
 
炊飯器を手放して
 
2年の月日が流れた。
 
B男は、鍋でご飯を炊いてた。
 
「みてみろ!
 炊飯器なんかなくても生活できるんだ….」
 
 
彼はその言葉が強がりであると
自分ではわかっていた。
 
 
確かに、
鍋で米を炊けば、米は炊ける。
 
しかし、
彼の家のコンロは一口しかない。
 
最近のコンロはsiセンサー(熱くなりすぎると勝手に
火が弱まるセンサーのやつ)が付いていて

もやしを炒めるのに十分にフライパンを
 
熱するまでに至らない
 
という理由で、彼は
 
古いタイプの一口ガスコンロを使っていた。
 
つまり、
 
ご飯を炊いている時には、
 
おかずを作ることができないのである。
 
ご飯を10分-15分くらいで炊いて
 
そのあとおかずを作らねばならない。
 
彼自身、
 
ご飯とおかずと一緒に作りたかった。
 
 
炊飯器があれば、、、
 
コンロ一口でもやっていけるのに。。
 
 
ガスコンロが二口あれば、、、
 
炊飯器がなくてもやっていけるのに。
 
 
と苦虫を握りつぶした。
(噛み潰したのではなく)
 
 
そう、
 
彼は今、自分が
 
何をすべきか知っている
 
 
炊飯器を買うか
 
ガスコンロを2口にするか
 
 
だ。
 
ちょうどいい理由を探して。
 
 
ちょうどいい理由があれば、
 
きっと、動き出せる。
 
 

 

 

 
会社の同僚は結婚ラッシュで
 
賑わっていた。
 
ちょうどいい理由で炊飯器を
 
ゲットしたCも結婚することになった。
 
「B男、
 
 君がくれたあの炊飯器で米を炊けば
 
 モテモテだったよ。美味しい米のおかげで
 
 彼女と結婚することができた。
 
 まじ、ありがとう。」
 
 
B男は、A子のことを思い出した。
 
 
その炊飯器を手離さなかったら
 
今日のお昼もつやつやのお米が
 
敷き詰められたお弁当を食べていた
 
のかもしれない。
 
 
その炊飯器を手離さなかったら
 
今晩もA子と流しそうめんをして
 
楽しんでいたのかもしれない。
 
 

 
 
別に
 
炊飯器を手放したことを後悔
 
している訳ではないさ。
 
 
きっとあのタイミングで
 
手放さなかったら、
 
 
手放さなかったことを
 
今頃後悔しているだろうから。
 
 
 
 



 
 
今晩も
 
 
ちょうどいい水加減で
 
 
ちょうどいい火加減で
 
 
米を炊いている男が
 
 
この地球のどこかに。
 
 

炊飯器を捨てた男の末路
 
おしまい。
 
 
=まなべ農園 真鍋和孝=