今回は、トマト紹介最終章です!(多分)
当農園では、数種類のトマト氏が居ります。
もう、このトマト投稿もだいぶ飽きがきているかと
存じます.そもそも、なぜ飽きがくるかというと


 
  
「みんな同じ」
 
だからです。
 
昨日読んだ記事と
 
今日読んだ記事とに
 
なにひとつ違いがなければ
 
そりゃ飽きられます。
 
ですから、
 
 
トマトの投稿をし続けていて 
 
飽きがくるというのは
 
結局同じことしか書いていないからです。
 
しかし、そんな時、
 
助け舟を出してくれるのが
トマトでもあります。
  

 
だいたい,

畑に足を運ぶと話のネタのタネ
は落ちているのです。
 
 
そして今回は、
 
「これぞ!ポンデローザ!」
 
ということで書いている次第です。
 
 
念のため復習しておきますと、
 
ポンデローザトマトは、
 
1891年に日本に導入された品種です。 
 
ちなみに、その100年後の
1991年、真鍋が生まれました。
(友達が教えてくれました)
 
 
つまり、91年生まれ(平成3年生まれ)
皆様は、
 
ポンデローザ100周年記念日に誕生しているのです。
 
 
冷静に考えてすごいですよね、
 
100年以上もの間、途切れることなく、
 
タネが繋がって、
 
まなべ農園で栽培される
日がきているのですから。
 
 
ただ、ポンデローザ氏をスーパーの
トマト売り場で見かけることは
 
ほぼないでしょう。
  
 
理由は簡単で
 
 
市場性がないからです。
 
 
市場性があるとは
市場にとって好都合であることをさします。

市場にとって好都合とは、

  
形が揃っている
 
 
です。

栽培者側にとっても

形が揃うトマトでないと

市場が買い取ってくれないものですから

市場性が高いトマトを栽培します。
 
 
同じ時期に同じような形の
ものが育てられるトマト
 
 
これを選ぶわけです。
 

で結局それが
スーパーに並んで

消費者に選ばれるというシステムです。
 
 
最終的に選んでいるのは
 
 
消費者です。
 
 
 
形が変だったり
なにかしら傷があったり
なにかしら変だったりしたら

 
 
「うわ、なにこれ超変なやつやん。
なんか怪しいから普通のにしよう」
 
 

と言った形で興味は示すものの
結局、
形の整った普通のやつを買うわけです。
 
 

売る側も
他とは違う形のトマトを置いてたら
売れないので、
普通の形のトマトを置くわけです。
 
 
こうして、

 

変な形になりやすいトマトは消えていくのです。

  
で、この変な形になりやすいトマトが

 

ポンデローザ氏です。

 
 
 
変な形ゆえに、人から見放されて

しょんぼりしているのです。

 
しかし、それは一般的な話です。

当農園では、

美味しさが全て
食卓に笑顔を提供できるかが全てです。
 
 

形なんてどうでもいいのです。
 

だいたい、
 
 
 
「うわ、なにこれ超変なやつやん。
なんか怪しいから普通のにしよう」
 

とか言って買い物している人こそ

私から見れば変なやつです。

まず、その人の頭の中は

 

・この形がトマトであるべき
という常識がへばりついています。
 
 
ゆえ、その枠組みから外れると
変なやつ。規格外、訳あり

と文句を言うのです。

そしてそう言う人に限って普段の生活では、
 
「個性を大切にしよう」
 
とか言っているのです。

全くもって変な奴です。
 
 
あなたの言う個性とは
他と同じことを指すのですか?
と問いたいです。

更に言えば、
個性を出そうとすればするほど
個性はなくなります。
 
 
なぜなら、

 

個性を出そうとするってことは
現に個性ではないことを暗に意味しており、
 
 
個性的になろう個性的になろう

は、

 

自分は個性的じゃない個性的じゃない
 
 

と語りかけているようなものだからです。

そうじゃないんです。

個性ってのは
 
 
もともと生まれ持ったものなのです
 
 
ただ
その個性をそぎ落とす作業が
学校教育でもあり

市場に出荷される野菜でもあります。

そう考えると

 

社会人に出るまでの教育課程と
スーパーに並べられる野菜の出荷課程って
似ていますよね。
 
 

学校を卒業するまでに、
 
 
・これがいい
・これをすると怒られる
・みんなと同じで安心
 
 
という価値観をインプットされて就職活動をする姿は、
 
 

・みんな同じ成長スピード出ないとだめ
・形が揃わないとだめ
・箱に収まりがいいサイズでないとだめ
 
 

という野菜出荷活動と同じです。

そうして、
スーパーに並べられたお野菜(就職活動をする学生)は
 

・どれも同じ
 
 
になるのです。

就職活動に似ていますね(繰り返し)。

このように、

野菜も人間も

 
みんな同じに製造されるシステムが今の社会なのです。
 
 

さて、この弊害はどこに現れるかというと

先ほど申し上げた、

 
 
そう言う人に限って普段の生活では、
「個性を大切にしよう」
とか言っている人が大量生産されている
 

ということです。

型から外れた野菜は

【規格外、訳あり、B級、跳ね出し】
 

とか言われて値段が安くなったり
見向きもされず畑に捨てられます。
 
それはもったいない
ということで

 

【規格外、訳あり、B級、跳ね出し】
 
 

をどうにかせねばとあれこれ考えを巡らします。
 
 
でも、どうにもなるわけがないのです。

なぜなら、

結局それは、
 
 

【規格外、訳あり、B級、跳ね出し】
 
 
という規格の中で物事を考えているということであり、

うまくいっても行き着く先は、

【規格外の規格外、
 訳ありの訳あり、
 B級のB級、
 跳ね出しの跳ね出し】
 
 

またどうにかせねばならん
いうことになるからです。
 

結局、時が経って良くも悪くも

形を変えて同じ問題が出現し、
 
同じような頃に

同じようなこと
 
で傷つけあってしまうのです。

 
目的が「規格外野菜をどうにかせないかん」

ということであれば目的を達成できています。

でも、

本当の目的はそこですか?
 

私は違います。

野菜も人間も

そもそもみんな違ってみんな変であり
みんな個性的であり
それを人生の中で表現する世界は素晴らしい

ことにあります。

ですから、
まずは、自分から。

当農園が販売している
「一生に一度の野菜セット」には
いろんな方がおりますよ〜

ってことです。
 
 =まなべ農園 真鍋和孝=

=まなべ農園 真鍋和孝=
 
遺伝子組み換えについて
https://mana-park.com/category/gmos 
 
2019年9月7日土曜日試食会
https://mana-park.com/category/sishokukai
 
私の腹筋が見たい方へ-其の2- 【有料版】
https://mana-park.com/farmmydiet-3
 
セロリ〜♪
https://mana-park.com/sairekisho-celery

誰も教えてくれなかった、【リバウンドする本当の理由】 
https://mana-park.com/farmmydiet-why-rebound
 
セロリが好きだったりするのね〜
https://mana-park.com/sairekisho-celery-2