トロッコ問題(文末に説明あり)。
誰しもが一度や二度は、考えたことがあるだろう。

まずはこちらの写真をご覧いただきたい。

さて、何が見えるだろうか?

ちなみにここはさつまいも畑である。

昨年度は、じゃがいもが植わっていた畑だ。
  
 
さつまいもが成長すれば

大きな葉っぱの下敷きになり

草は生えてこない。
 
 
しかし、誰しもが幼少期を向かえるように

さつまいもにも幼少期がある。

この時期というのは、

草もどんどん生えてくる。

草にももちろん幼少期があり、

初めは可愛らしい姿で彼を魅了する。
 
 
しかし、

その可愛さに同情してはならない。

いつのまにか、奴らは、

反抗期に突入し、

我や我やと本性をむき出しにする。
 
 
だから、

草の幼い時に、

並びにさつまいもが幼い時に

除草をしておくことが

さつまいも管理には欠かせない。
 
 
そうして、
 
彼は畑に行った。
  
 
道具を使って

次から次へと草を除けていく。
 
 
全ては美味しいさつまいものために。
 
 
ただ、

順調にことが進むなんてことは

農業においてそう多くない。

アクシデントに遭遇したり

天候に左右されたり

様々な要因が彼の作業を茶化しにくる。
 
 
もし、

天候などの外的要因に左右されず、

作業の手が進まない時があるとすれば
 
 
ただ一つ。
 
 
それが、

除草時におけるトロッコ問題である。

(除草時におけるトロッコ問題とは?
畑には草以外の植物も生えている。
もちろん植えた野菜もそうである。
都合の悪い草は抜き取ってしまえばいい。
野菜の光合成を邪魔するもの、
栄養分を全て持って行こうとするもの。

ただ、野菜もタネをつける。
そのタネが土の中で待機して、
暖かくなると草と一緒に生えてくるのである。
例えば、昨年トマトを植えた場所からは
今年トマトが生えてきていたり、
昨年、じゃがいもを植えた場所からは
今年じゃがいもが生えてきていたり。
土のポテンシャルを最大限に生かすため、
畑には昨年と別の作物を栽培する
ことが多い。
昨年じゃがいも→今年さつまいも のように。

草の管理は、農作業において必須の作業だ。

彼はいつも通り、草を抜いていた。
ただ彼は見てしまった。

幼いさつまいものすぐそばに
昨年のじゃがいもが芽生えてきていたことに。

生えているのが草であればすぐ抜くであろう。
しかし、じゃがいもが生えている。
美味しいさつまいものためであれば
抜いた方がいいだろう。

じゃがいもがさつまいもの
成長を阻害するかもしれないし。

しかし、一年も前からずっと畑にいて
やっと芽を出してこれからじゃがいもと
して生きていくその姿を感じた時、

抜いていいものなのか。

彼は知っていた。

じゃがいもが遠いはるか彼方の大陸から
やってきたことに。

さつまいもが1万年以上前から人類と共に
過ごしていたことに。

同じ仲間じゃないか…と。

抜けば→さつまいもgoodじゃがいもbad
抜かない→さつまいもbadじゃがいもgood

このジレンマこそ、

除草時におけるトロッコ問題である。

さて読者の諸君はどう向き合う?)

 
 
彼が出した答えは?


 
 
私は、

彼が最終的に

そのじゃがいもを抜いたのか

抜かなかったのか

答えを知らない。
 
 
 
けれど。

  
 
 
 
人類がこのジレンマを
 
 
一瞬で
 
 
解決してしまうようになれば
 
 
きっと
 
 
もう
 
 
終わりなのだろうな
 

           
       
 
 

そんなことを言っていた。
 
 
彼は元氣に過ごしているだろうか?

今日という一日を。

 

トロッコ問題とは、

 

2010年に亡くなった哲学者フィリッパ・ルース・フットが提唱した「人間が道徳心から生まれるジレンマにどう対処するのか」を見るための倫理学の思考実験。線路上を走るトロッコが制御不能になり、そのまま進むと5人の作業員が確実に死ぬ、5人を救うためにポイント(分岐点)を切り替えると1人の作業員が確実に死ぬという状況下で、線路の分岐点に立つ人物(自分)はどう行動すべきかを問うものです。
2019/07/31 サイトより引用→(https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1904/15/news114.html)