今日はたくさん本がある
(逆に言えば日本で出版された本
(雑誌等含む)は全てここにあると言ってもいいでしょう)
国会図書館に行ってきました。

とあることを調べたかったからです。
僕はフィットネス業界でも働いたことがありますし、
現にモデルとしても活動しているので

「痩せる」「ダイエット」

というワードにはとても親しみを覚えています。
ずっと気になっていたのが

「痩せる」ってどんな状態を痩せるというのだろう?

痩せるが存在することは太る(肥る)の存在を認めることでもあります。

善があれば悪があるように。
絶対的ではないというか。

誰かにとって痩せて見えても
誰かにとっては太っているように見えるかもしれない。

例えば自分が太っているから痩せなきゃと思っている人もいることでしょう。
でもそれって、本当に自分が思っていることでしょうか?
世間体が、
テレビが、
常識が
“ある”状態を痩せていると定義していることにすぎません。

そして、我々が勝手にその状態を理想と思い込んでいる
(思い込まされ)節もあると思います。

つまり、
そのわけのわからないメディアや時代が作り出した勝手な状態
と比較して自分のことを太っていると認識していることでしょう。
それまではまだ構いません。
ところが大概、比較の後にやってくる感情は

”劣等感”

ではないでしょうか?

自分は太っているからダメなんだ。。
もっと痩せて理想のカラダを手に入れなきゃ。
なぜ自分が痩せねばならぬのかを置き去りにして、
「痩せなきゃダメだ」と勝手に思い込み(思い込まされ)
あらゆるダイエット法を試したりするわけです。

〇〇健康法、
最速でマッチョになる方法、
などなど
フィットネス市場が拡大の一途を辿っていることからも人々の関心の高さを伺えます。

ですので、過去の文献を遡ればどこかで

「痩せた方が得」

という価値観の流れが見えてくると思ったからです。
逆にいえば、
太っていた方が得
という価値観もどこかの時代には存在していた可能性もあります。
常識は時代とともに変化するというのを文献で確認しておきたかったのです。

まずは検索で「痩せる」というワードを打ち込みます。
そのキーワードに引っかかる古い文献から最新の文献までの一覧が出てくるわけです。

今回、ご紹介する文献は
明治41年10月日本薬學協會発行の

『男女通俗秘密療法』

というものです。
タイトルに惹かれますよねw
秘密療法って。
秘密にするなら本にするなよって思いますが
それはさておき。

第36章「肥える法及び痩せる法」
こちらが参考になると思います。
ここで注目すべきは、

痩せる方法とともに肥える方法も書いていることです。

明治41年といえば1908年。今から110年前です。
当時の都会人の食生活も色々と豊富になっています。
洋食が都会に広まって言ったのもこの時期でしょう。
これは都会だけの話だと思います。
今の日本では全国どこへ行っても和食洋食を選ぶことができますが、
それはまだまだ後になってからの話でしょう。
当時は、洋食を食べらるのは都会に住んでいる人だけだったのではないでしょうか。

この本の中では筋トレ方法は書かれてありませんでした。
腕立て伏せを何回するかとか、そういうのは書かれていないです。

この章で痩せる法について書かれているのはわずか

5行だけです。

一言で言えば
肥える方の反対のことをすればいい。
と至極ごもっともなことが書かれていますw
そりゃそうですよね。
では、その肥える法とは?

”第一食物はなるべく多量に好きなものを食するがよろしい”
”次は十二分に睡眠をとるのである”
”入浴はなるべく減らし”
”住居その他全て自分の気にいるものを選び痩せ我慢の類は一切宜しくない”
”要するに神経を使わぬように感情をも鈍くし物事無頓着にして大飯を食ってへでも垂れながら太平楽を決めて我儘いっぱいにしろというのであるから肥えることは請け合いであるが悪くすると知恵のある人間にはなれそうもないがまづこの寸法でやらねばならぬ”

などなど。

要は、

「いっぱい食え!」

ってことですね。
当時、食べ物を沢山買って好きなだけ食べられる人はどんな人だったのでしょう。
これから述べることは僕の仮説にすぎません。
ですのでどうか、暖かい目で読んでください笑

当時の人からすると太っている
(現代でいうマッチョ的な、当時の太るはマッチョに近い感覚なのかと思ふ)
状態というのは、大半の人が望んでも望んでもなかなか手に入れられないものだった。
現代に置いて、痩せたいと思っている人が多いように。
当時と現代に共通すること。それは、

手に入れるのが難しいということ。

今では説明するまでもなく太ることなんて簡単でしょう。
でも痩せることは難しい。
明治の人にとって、
今の時代のように好きなものを好きなだけ食べられる
環境ではなかったことでしょう。

外食産業も今ほど発達していないでしょうし、
経済的にもそれほど発展している訳でもありませんから
人々の所得も今ほど多くない。
ということは、大概の人は痩せていた訳です。
当時の人からすると痩せるより太ることが難しかった。
難しいということはそれを手にする人が少なくなる。
ということは、そこに希少性という価値が生まれる。
マッチョ(痩せる)になるのが難しいからこそマッチョ(痩せる)は持て囃されるのです。

要は、手に入れにくいものほど、
なんかそこに憧れて欲しいと思う訳ですね。
金持ちになりたい、高級車が欲しい、タワーマンションに住みたい。
僕は残念ながら金持ちではないし、高級車も持っていません。
でも、それは日本中で見たときの話です。
世界を見渡して見るとこんなに豊かに生活できる国はないでしょう。

金持ちもマッチョも絶対的な基準などないのです。
そんな基準は自分で決めてしまえばいい。
ちなみに、僕は自分のことをマッチョだと思っていません。
これが自分にとって普通の状態です。
筋肉を褒められるとそれはそれでいいのですが
そこに僕の価値はないのです。

僕はただ自分のことが好きなだけなのです。
だから、ダイエットとかで悩んでいる人に
「なぜ痩せたいの?」と聞くと
「痩せたいから、なんかみんながそう言ってるから」
そんな漠然として
理由が返ってくると思います。

このサバイバル生活での共通のテーマは「なぜ」です。
マッチョになれずに悩んでいる人は

「なぜ自分は痩せたいのか」

を徹底的に追求して見ましょう。
痩せたくても痩せられない人は
「なぜ自分は痩せたいのか」を徹底的に追求して見ましょう。

それでもなおマッチョになりたければなればいいのです。
なりたくないと思ったらならなくてもいいのです。
そこには、他人と比較する必要もない、
ただあなただけのオンリーワンの体があるだけなのです。
体型によって人の価値が決まる訳ではありません。
自分の価値は自分で決めればいいだけなのです。

そこには正解も不正解もありません。
(という正解があると思っているかもしれませんがw)
いずれにせよ。

痩せ方太り方を見る前にすべきこと。
「なぜ自分はマッチョになりたいのだろう?」
「なぜ自分は痩せたいのだろう?」
この問いに自分なりの答えをもち続けることが大切なのではないでしょうか?

今日の出費
国会図書館食堂 500円
おやつパン  500円

やっぱり東京は食費に一番お金を使いますね。
ひとまず東京サバイバル生活1週間終わりです。
振り返れば、食べる量を減らして文字を書いたりする時間が増えた気がします。
時間がきたから食べるのではなく、自分が食べたい時に食べるのも大切なことですね。

ご覧いただきありがとうございました!