いよいよ、終盤の4日目に突入しました。


この日は仕事でしたのでエネルギー注入ということで、
おにぎりを購入。

海苔おにぎりよりも赤飯を選びます。
ここでなんとなく僕がした選択にも

なぜ

を問いかけてみます。

・なぜ僕は海苔おにぎりではなく赤飯を食べるのだろう
・そもそもパンではなくおにぎりなのはなぜだろう
・海苔おにぎりが嫌いな訳でないのなら、両方買えばいい。なぜ赤飯だけを食べたのか?
・手元にいくらでも使えるお金があっても同じく赤飯を買うだろうか?
・お腹を満たすならハンバーガーでもいいのではないか?

このような問いを立ててみます。
意外にどうでもいいことを気にしていることがあるので、
こうして文字に起こすことは大切です。
共通項といえば

・手元に使える予算は限られている
・朝ごはんを食べた後仕事がある

朝ごはんを食べても人生は続く訳です。
ここで死ぬ訳じゃありません。
ですので、僕の行動には常に未来のことを考えた結果といえます。
待ち受ける未来といえば、仕事で人に会うこと。
肉体労働なので体を動かしてエネルギーを必要としていること。

中学2年生の授業でディベートの授業がありました。
国語の授業の一環なのでゆるい感じのやつですw
そこでのテーマが

「知人と会った際、歯に海苔がついていたらどうするか?」

でした。教えてあげるのか黙っておくのか?
つまり、そこには、

教えた方が良いと言う考えと
黙っていた方

が良いと言う両方の意見があります。
歯に海苔が付いていると不都合ですから、
なんとかして良い方向に持って行こうよという議論ですね。

当時、僕は歯に海苔が付いてるとかそんな概念を持ち合わせていませんでした。
真鍋の頭に「歯に海苔」というワードがインストールされた瞬間でもあります。
概念がないということは、
認識さえしていない可能性もあります。
そこに良い悪いの価値観さえ入り込む余裕などないでしょう。
ではこの議論で、歯に海苔が付いていた場合の不都合とはなんでしょうか?

・・・
「恥ずかしい」「恥をかく」
・・・

ではないでしょうか?
ここで僕は、

「あ、歯に海苔が付いていることは恥ずかしいことなんだ」

ということを他人に教えられた訳です。

僕はそれ以降、
今日まで、歯に海苔が付いていないか大変気にする様になりました。
トイレを出るたび鏡で二って笑って歯に海苔が付いていないかを確認する日々。
鏡がない場合は、時計や携帯の反射を使って確認する。
そのくらい気にする様になりました。

そこから派生して食べ物を食べるときは、

出来るだけ歯に付着物がつかないものを食べる。

この価値観を受け入れる様になったと思います。
豆が好きだから、だけじゃない、重要な選択の要因が隠れていた訳ですね。
ただ、小豆の皮が歯に付着するリスクはゼロではないです。

だから、ワカメ入りご飯や海苔を使ったおにぎりを
避けて赤飯を選んでいたのです。

皆さんの中にもなぜその行動をとったかを考える際、

「恥」

という概念を取り入れてみてはいかがでしょう?

その他の問いはまた別の機会に書ければ書こうと思います。
多分僕の中で「健康」の重要度が大変高い気がしています。

というわけで、朝ごはんがおにぎり一個でしたから、
お腹が減って減って、「あかん、これでは仕事に支障が出る」
と思ったので、午後2時過ぎ、お昼ご飯を食べました。

逆さで申し訳ありません。
健康という重要度が食に現れている気がしますね。
東京でサバイバル的に暮らすには出来るだけお金を使わないことだと
初めの投稿で申し上げました。

あぁ。
そして、仕事終わりに、
半額に惹かれて「カツオの叩き」「いなり寿司」を食べ、
その後、非常食フルーツグラノーラを購入。

やっぱり腹が減っては身体を動かすには不都合ですね。
一人でいるとき、仕事でカラダを使うとき、
一人でいるときは問題なく、
何も食べなくても大丈夫でしたが、
「仕事」となるとあかん気がします。
仕事のパフォーマンスが下がれば、それは、生産性が下がり、
お客様へ最高のサービスをお届け出来なるからです。
当たり前ですねw

ということで僕は、保存していたお金を使い、
エネルギーを注入しました。
無人島に例えるなら、
保存食を食べてその日の猟に出かけたイメージですね。

故に今日の食費
1,185円なり。

本日の出費
宿泊費1,400円
食費 1,185円

それではまた!