私の好きなジャーナリストの一人である烏賀陽さんの新作、【原発事故汚染地帯を歩いて考えた 避難解除されたからといって小中学校を再開する必要があるのか】を読みました。

原発事故汚染地帯を歩いて考えた   避難解除されたからといって      小中学校を再開する必要があるのか

烏賀陽(うがや)弘道/Hiro Ugaya

(こちらは有料コンテンツとなります)
https://note.mu/ugaya/n/na9a74bbadf57

フクシマの現実に目を向けるのはしんどいです。
いい気分になれるものではありません。

ネコの写真をみて「可愛い」と一言で終わらせたほうが
気分もいいし、労力もかかりません。

フクシマの現実の報告を見て
感想を投稿するというのは
気分がよくなるものではないし、
outputするのは頭を使います。

ですが、一人一人のこうした小さな行動でしか
世の中は変わらないのではと感じています。

私は、より良い未来を生きたいです。
ですから、まずは自分から小さな感想ですが
述べたいと思うのです。

◇フクシマは復興しているのか?◇
フクシマというと大きな範囲になるので
今回取り上げられている飯舘村について述べたいと思います。

飯舘村は私がこの春訪れた場所です。
美しい里山の風景で来る人来る
を魅了する素敵な村だった。

素敵な村です。とは言わず
村だったと過去形にしたのは
原発事故があったからです。

道の駅で働いている人は、
これから復興に向けて精力的に活動している
姿を伺えました。
そんな方達も知っています。
ですから、

他所からきた人間に
「復興しているかどうかの判断を
されてたまるか。」
と思っているかもしれません。

ですが、私は自分の見たものに
嘘をつくことはできません。

自分の感じたことに
嘘をつくことができません。

ですから、
前回、足を運んで感じた風景と
今回のnoteとを照らし合わせながら
感想を書きます。

あっ、いつものごとく
感想を書こうとして前書きが長くなるのが
私のくせです。

しかし、前書きも感想の一部です。

そもそも、
原発事故が無ければ
飯舘村は飯舘村のままだったでしょう。

ですが事故は起き、
時間は流れ、
見て見ぬ振りをする大多数。

私はこれはいかんと思うのです。

さて、
今回のnoteの焦点は

●飯舘村の小学校が再開されているけれど
実際何人の児童が学校生活を送っているのか?
学校に戻ってきた人、来なかった人。
両方いる。
戻ってきた人はなぜ戻ってきたのか?
逆に戻って来ない人はなぜ戻って来ないのか?●

だと思います。
詳しくはnoteを見て欲しいのですが、
新聞報道だけを見ていると

復興していることを
アピールしたい側にとっては

・戻ってきた人にフォーカス

し、それを記事にしたほうが
良い印象を与えることができます。

ですが、現実には

戻ってきた人もいれば
戻って来なかった人もいるのです。

その事実があり、

じゃあなぜ

・戻ってきたのか?

逆に

・なぜ戻って来なかったのか?

その両方の視点の

【なぜ?WHY?】

を言及しているのが今回の記事です。

私が飯舘村を訪れた時
ある村民の方(60歳以上男性)はこう言いました。

「もうここは住む場所ではない。
特に子供が生活する場所ではないでしょう。」

と。

村内各所に食品の放射性物質を検査する装置が設置されています。
これは、村内で取れた農産物が
安全に食べられるかどうか
検査する為のものです。

野生の山菜、栽培した農産物
を検査してやっと食べられるのです。

日本の多くの場所では
山に生えている筍やフキノトウは
検査なんざせず
そのまま食べます。

農産物もいちいち
これは安全だろうか?
と不安に怯えながら食べることはないはずです。

ですが、
この村では
それをしないと食べられないのです。

なんという不都合でしょうか。
食べるものは身体を作ります。
子供は教室で座って退屈な授業を
聞くだけが学校生活でなく

野山を駆け回りたい時もあるでしょう。

でも、
そういった遊びにも制限がかけられている
のです。

学校を再開するのであれば
衣食住遊
全ての安全が確保されてから
の方が私はいいと思います。

仮に100%安全が確保されて
もと通りの生活が戻ったとしても
ふるさとを失った事実は消えません。

私は原発事故で大変なことが起こったと
感じています。
どう考えてもヤバイことが
日本で起きていると感じています。

こういった現実をみて
ヤバイと思うか
思わないかは人それぞれでしょう。

心が痛むか痛まないか
も人それぞれでしょう。

でも、少なくとも私は
心が痛むし
悲しいです。

感想終わり