【なぜ畑で食べるご飯はこんなにも美味しいのだろう?】
と思って昔から色々考えてきているのだけれど、


やっぱり、
五感で味わう
ことができるからに違いない。

別に畑でなくても普段のテーブルの上でも
五感を使って食べれば美味しい。

和菓子屋に勤めているとき
『和菓子は五感の芸術やで!』
と教わった。(別に関西弁で教わったわけではない)

お菓子には名前が付いている。
(菓銘という)
例えば
「空の旅」
というお菓子がある。

この言葉を聞いてどんなお菓子か
想像を膨らましてみる。

飛行機に乗って移動する際
窓から美しい夕焼けを見たことは
ありますか?

私は何回か見たことがあるのですが
本当に綺麗です。
夕焼けに限らず
飛行機の窓からの景色は心を奪われます。

空の美術館

旅。
茜色の空が一日の終わりを告げる時。
その景色を見ながら
考案されたのか
「空の旅」
という白小豆を使った羊羹です。

公式サイトによれば
“飛行機の窓から見える夕焼け空の美しさに感銘を受け、
昭和26年に考案しました。白小豆を散らした紅色の煉羊羹で、
夕焼け空に浮かぶ雲を表現しております。”
とのことです。

これが耳(菓銘の由来を言葉で聞く)と目で味わう要素。
他は、匂い、食感(触感)。
まとめれば味わいになるでしょう。

で、
別に和菓子でなくても
普段の食事でも五感を使って味わえば
相当美味しいのです。

この食材はどこからきたのか。
誰が届けてくれたのか。
どんな人が思いを持って料理してくれたのか。
・・・
などなど
色々なことを考えることができます。

つまり、

食べ物の立場に立って食事をする。
ということです。

例えば、本を読む時。
著者の視点で読まないと内容は入ってきません。
自分の視点で読んでもダメだということです。
食事に例えれば
剥製のご飯を食べているようなものです。
食品サンプルを食べているようなものです。

つまり、
一切自分の体(頭)に入ってこない
ということです。

著者がどんな人か想像を膨らまし
実際に会いに行ったり、経歴を調べたり
より著者と一体となることが求められます。

苫米地英人氏の
『ほんとうに頭がよくなる速読脳のつくり方』
には

”・・・著者が見ている世界を共有することです。そうすることで、その本でなにが重要かがわかるはずです。
自分の重要性ではなく、著者の重要性で本を読み進めていくことで、本の内容を把握するのです。”

とあります。
私は読書歴はまだまだ浅いですが
とても重要なことだと感じています。

食事も同じだと思うのです。
畑は、食の源流です。
だからきっと
部屋の中で食べるより
五感を感じて食べることができるのではないでしょうか?

だから、
美味しいのだと思います。

和菓子は職人さんが作ったその形にも
芸術性を感じるものがあります。
だから五感の芸術という言葉がしっくりくると
思ったのですが、和菓子だけでなく

畑も芸術です。

中尾佐助著
「栽培植物と農耕の起源」の冒頭で素晴らしい記述があるので紹介します。

ー引用はじめ

“「文化」というと、すぐ芸術、美術、文学や、学術といったものをアタマに思いうかべる人が多い。農作物や農業などは”文化圏”の外の存在として認識される。
しかし文化という外国語のもとは、英語で「カルチャー」、
ドイツ語で「クルツール」の訳語である。
この語のもとの意味は、いうまでもなく「耕す」ことである。
地を耕して作物を育てること、これが文化の原義である。

これが日本語になると、もっぱら”心を耕す”方面ばかり考えられて、初めの意味がきれいに忘れられて、枝先の花である芸術や学問の意味の方が重視されてしまった。
しかし、根を忘れて花だけを見ている文化観は、根なし草に等しい。”

ー引用終わり

つまり、
全ての物事の本質は
畑にあり。
だと思うのです。

ということは、
全人類がまなべ農園に足を運ばいけないですね
(笑)

でもそれはそれでたくさん人が畑に入ると
土が踏み踏みされて硬くなって
根っこが呼吸できなくなって植物が苦しくなるかもしれないから
全人類がこられても困るけれど、
やっぱりきて欲しいけれど
でもやっぱりきてほしくないけれど
という堂々巡りになります。

以上をまとめると
畑は全ての源流が詰まってて
(全ては言い過ぎかもしれませんが)
いくら科学が発達して
ロボットが野菜の生産を担うようになっても

人間の手で
耕し
そこから生まれる野菜
というのは一味もふた味も
違う気がします。

その感じを五感を使って
味わえるのが畑なので
まさに現場で食べる食事は
美味しいのだろうと
思ったのでありました。

そして今日は
空の旅にも使われている原材料
白小豆
が育つ畑を整備しました。
(といってもまだまだだけれど)

白小豆
白小豆は
白いダイヤと呼ばれているくらい
貴重で栽培も難しいとされています。

でも、貴重だろうが
栽培が難しいだろうが
そんなのは関係ないです。

私は美味しい豆が食べたいのです。
白小豆100%の餡子は人生で一度は
味わいたい味だと確信しております。

最後までお読みいただきありがとう
ございます。

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