フルーツバスケット読み終えた!!
〜無人島に行くとしたら何をもっていきますか?〜

年明けの1月2日の投稿でゴミ箱からフルーツバスケット
という漫画(1〜5巻)を拾ったとお話いたしました。
その後、全巻買って、そして、昨日無事に読み終えました。
(無事に読み終えるのは当たり前か)

久しぶりに泣きました。
なぜならとてもいい話だったからです。
家で一人ぼっちで読んでいてよかったです。

あらすじは、他に譲るとして、僕の感想文を書きたいと思います。
(過去にも一部投稿してありますが、改めて)
漫画の中で

”倖せ”

この言葉がたくさん出て来ました。
僕は、今まで、しあわせという漢字は”幸せ” 
しか知りませんでした。

作中に一度も”幸せ”という形の登場はなかったかと思います。
それでですね、
今回のタイトルの
無人島に行くとしたら何もってく?(たった一つだけ)
の話になります。

ライターとか小麦粉とかナイフとかロープとか
まぁ色々答えはあると思います。
この類の問いは答えがないのが面白い。

僕は、何をもっていきたいかというと
何ももっていきたくないです。
何ももって行かない代わりに

「誰か」と一緒にいきたいです。

無人島生活での目的が生き延びるだとして
一人で生き延びたとしても面白くないと思うからです。
何かしらの道具をもって無人島に旅立ち、
頑張ったら生き延びられると思います。

でも、ぶっちゃけ寂しい。
だって、
絶景を目にしても
美味しい魚を食べても
夕陽が落ちるのを見ても

その雄大さや
美味しさや
美しさを

誰とも共感できないからです。

「この魚うまい!!」
・・・
ひとりで呟いてそこで得られるのも
”幸せ”やと思う。

僕はよくひとりで「ええ日やぁ、美味しいわぁ、綺麗やぁ、幸せやぁ」と呟いています。
それはそれで「幸せ」です。

ひとりでいる時。
本当はひとりじゃないと思います。
美味しいご飯を食べた時
「今度、デートで恋人と来よう」
綺麗な朝日を見た時、
「今度、デートで恋人と来よう」

きっと、誰かを想像していると思います。
この人に見せてあげたら喜んでくれるやろうなぁ。
その誰かは家族であったり、友達であったり、恋人であったりするわけです。

「この魚うまいなぁ。」
と言った時
『うん!ほんまうまいよなぁ!』
この一言を欲していると思います。

この一言でいい。
でも、この一言は誰かと一緒にいないと聞くことができません。
たったこの一言なのに。

僕はこの共感してくれる感じ
「せやんな!」「そうやんな!」「ほんまそれな!」
これがないと生きていけないです。

僕がフェイスブックに投稿するのも、
楽しいからというのもありますが
いいね!とかの反応が嬉しいのです。

あぁ!共感できた!わかってくれる人がおった!
ほんま嬉しい!!

そんな時、僕は
「倖せ」
を感じるのです。

誰かと一緒じゃなきゃ感じられない幸せ
それが
”倖せ”やと思う。

だからこそ、
人の生命を大切にしたい。
上陸した無人島が実は科学技術がすごく発達していて
あらゆる道具を生産できるとしたとしても、

人の生命をつくりだすことは決してできないだろうから。

追記
僕はすごく運がいい。
誰かがゴミ箱に捨ててくれなかったらこの宝石に巡り会うことはなかっただろう。
さらには、この漫画を描いた作者がいたから僕は読むことができた。
これは、奇跡。

ご縁ってほんまに不思議で奇跡やと思う。
ありがとうございます。