原発事故後の福島を見てきました
何から書き出せば分からないほど衝撃を受けました。

ですので、見てきた感想を書きたいと思っていますが、
どう書けばいいのか分からないということを正直に申し上げます。

いわき駅でレンタカーをし、

友人6人(と言ってもその時初めてお会いする方もいましたw)で富岡町、
帰還困難区域である国道6号沿いを北上して、道の駅 南相馬
でuターンしいわき駅まで戻ってきました。
その途中、車から降りて当時のままのお店を見たり、工事現場を見たりしました。

特に衝撃を受けたのは国道6号沿いにあるコンビニを見た時です。

本当に何も言葉が出てきません。
この場所は、事故後の福島県を何回も何回も何回も、、、
取材しているジャーナリストの烏賀陽弘道さんのnote
https://note.mu/ugaya/n/n70ae421433e0
(こちらは有料コンテンツです。念のためお知らせまで)
でも衝撃を受けた場所でした。

烏賀陽さんも仰っているように、
図鑑でライオンを見るのとアフリカに行って間近でライオンを見るのでは、
感じるものが違うということです。
写真だけでは伝わってこないその何か。僕はそれを言葉で表すことができません。
これは足を運ぶしかない。

ガイガーカウンター(放射線測定器)で数値を見ながら、
「ギョエー!この辺りやばいやん!」

とか、人がいなくなった街を、子供がいなくなった校舎を歩きながら。
校長室から眺める運動場。
先生もきっとここから子供達が遊ぶ姿を見て楽しんだことでしょう。
でももうその姿は見られません。
あの時、あの場所で、その時の児童とともに過ごした時間というのは
もう、戻ってこないのです。

そんなことを思いました。

フレコンバック(除染で生じた放射性廃棄物を詰め込んだ黒い袋)の山々。

これが現実なんやと身にしみました。
これが同じ東京から数時間の場所で起きている現実なんやと。

そこで、東電のバカヤローとか原発なくせ!
とか。
そんな単純な話ではなくて。
批判、批評をする評論家ではなくて。
誰々がこう言ってからという理由だけでただついていくだけじゃなくて。

僕は自分の目で見てどう生きたいかを決める。
ただそれだけのこと。
いつでも自分が主人公の人生でありたい。
自分の肌で感じたことが世界なのだから。

下記の動画でも報告しています。